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11月9日はベルリンの壁崩壊から25年 勘違いから生まれた平和とは [ニュース]

2014年11月9日でベルリンの壁崩壊から25年経ちました。平和的解決をもたらした「勘違い」と共に少し調べてみました。



・ベルリンの壁が造られた理由

第2次世界大戦に敗れたドイツは戦後の混乱でうまくまとまることができず、資本主義の西ドイツと、社会主義の東ドイツが誕生します。そして東ドイツにあったベルリンも2つに分裂してしまいます。 当時は西ドイツのほうが豊かであったため、東の国民は次々に西へと流れていきます。その流れを止めるためにベルリンを囲みこむ155kmもの壁が造られました。
国民を外に出さないために存在したのがベルリンの壁なんです。

berurinn.png


壁で囲まれたことにより満足な自由が得られない国民たちからは当たり前のように不満が集まり、各地で大きなデモなども起こり始めたため政府は困っていました。
そこで当時の旅券局長は「海外旅行を無条件で認め、ビザも遅延なく発給する」という規制緩和の政令策を出します。(この政令案はすぐに政府から承認された)

この時のビザの取得は申請だけでも何日もかかるため、一気に人が流れることはないだろうと考えていました。さらに「報道機関への発表は明日以降」と政令案に書き込むわけなんですが‥‥

・一人の勘違いで平和がもたらされる

記者会見でこの政令案の発表を行うのは新任のギュンター・シャボウスキー。準備に追われ会議に遅刻していたため内容を十分に把握せずに会見にのぞみました。

そしてその会見では「国民の不満である出国規制についてどうするのか?」と質問されます。
内容を把握しきれていないシャボウスキーはとりあえず、目に留まった本文の一部をみて答えます。
「海外旅行を無条件に認める」と。記者発表は明日以降という内容は当然見ていません。

さらに「いつから?」と聞かれ「ビザは遅延なく発給する」の本文が目に留まり
私が知る限り、今。今すぐすべての国民は国境通過点の出国が許可されます。と言ってしまいます。

慌てて修正しようにも、既にベルリンの壁にはたくさんの人が押し寄せます。その流れを止めることはできず、ついに政府は国民を出すことを決意。

こうして1人の勘違いが、30年も東西を分断してきたベルリンの壁を崩壊させることとなったのですね。

1人も負傷者すら出さなかったことから、この出来事は「歴史上もっとも素晴らしい勘違い」として語られるようになったそうです。


こんな素敵な勘違いなら何度でも起こってほしいですね!


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